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パワハラ年表 (青林堂パワハラ事件の年表)

当事件に興味をもって戴き、ありがとうございます!


2017年2月13日に行った記者会見には、日本のほぼ全てといって良いマスコミの皆様にお越しいただきました。

当日配布した資料は、今回提訴したての「訴状」「会話記録」、解雇事件の裁判の結果に出た「地裁判決文」、暴言音声「CD」と「反訳」、そして、事件を整理するための「事件年表」などをお渡ししました。
(会見後に取材をお申込みの皆様にも同様の資料をお渡ししております。)

ブログをご覧の皆様にも同じ情報をご覧頂きたく思っております。


・新たに提訴した「青林堂パワハラ事件」の訴状については、これから当ブログで公開したいと思っています。

・「判決文」については、既に公開しているブログ記事で紹介しております。
「判決文公開」のタグで一覧表示できますので、ご確認ください。

・音声については、ブログにアップできる方法を研究しております。

今回は、「事件年表」を公開します。複雑な経緯で長引いている事件なので、時系列などを確認する時にご活用いただければ幸いです。


(これからの予定など一部修正して公開)

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 青林堂事件の経緯年表 

株式会社青林堂は、パワーハラスメント、不当解雇、不当労働行為等、数々の法令違反を繰り返しており、全てを説明するには複雑で長い説明が必要です。事件を時系列に並べた資料を作成いたしましたので、事件の経緯や経過を確認するのにお役立ていただければ幸いです。

【 第一事件 】
2014年6月1日:
 当該中村(以後「中村」)が蟹江社長(以後「社長」)に誘われ、青林堂に再入社
2014年12月3日:
 試用期間終了するも、社長は中村を正社員にする約束を再び破った。
2014年12月6日:
 中村は東京管理職ユニオン(以後「組合」)に加入し、団体交渉を申し入れた。
2014年12月8日:
 組合書面を見た渡辺専務(以後「専務」)は、「バカじゃない」、「解雇だ」と暴言を発した。
2014年12月9日:
 組合は東京都労働委員会に不当労働行為救済申立を行った。(平26年都労委不第120号事件)
2014年12月16日:
 青林堂は、中村が組合に加入したことに対して、2015年1月15日付で中村を解雇した。
2015年2月24日:
 中村は、解雇無効等を求め東京地裁に仮処分を申し立てた。(平27年東京地裁ヨ21005号事件)
2015年4月24日:
 仮処分決定。東京地裁は、青林堂が不当労働行為を行ったこと、本件解雇が無効であること、会社は中村に仮に賃金を支払わなければならないことを決定した。
2015年5月11日:
 青林堂は、地裁の決定を無視し、中村に対して予備解雇を行い、賃金を支払わず、中村に対し事実に反する理由で損害請求をした。(会社は中村が入社時に虚偽の申告があったとする内容を主張したが、同内容は既に裁判で否定されていたものであった。)
2015年5月:
 青林堂が司法決定を無視したことに対して、組合は青林堂関係者に支援を求め、「青林堂にかかわる皆様へのお願い」という要請書を郵送した。
2015年6月1日:
 青林堂は、仮処分裁判での敗北を受け、なぜか労働審判で「雇用関係不在確認等請求労働審判事件」を申し立てた。
2015年8月4日:
 青林堂が申立てた労働審判は、青林堂の主張が認められることなく、二回の審査で棄却された。
2015年9月17日:
 東京都労働委員会の場で復職和解が成立。(第三者条項があるため、内容は非公開)
 ※青林堂は、復職後すぐにこの和解協定を破った。中村の労働条件を一方的に引き下げ、和解内容をツイッターや書籍で公開した。




【 第二事件以降 】
2015年10月1日:
中村は青林堂へ復職したが、青林堂は初日から和解協定に違反し、組合との協議を経ず中村に契約書へのサインを強要した。その後、会社は、中村を他の従業員から隔離した。中村に貸与されたPCはインターネットやプリンターへの接続が許されなかった。名刺も与えられず、外出も禁じられた。にもかかわらず「自費出版の営業」を命じられた。そして、連日、終業時に「成果が出ていない」と称して、会社ぐるみで吊し上げられる等のパワハラを受けた。

2015年10月13日:
社長と専務に呼び出され、中村は小部屋に軟禁され、株主の斎藤と名乗る人物から、争議に使用した名簿について、2時間に及ぶ罵声を交えた詰問を受けた。なお争議に使用した名簿は、東京地裁において既に破棄したことを会社に通知している。会社はその後も同様の詰問を定期的に行った。
2015年11月5日:
組合は、パワハラ等の中止要請を再三行ったが、会社はこれを無視し、中村に攻撃を加え続けた。そこで組合は、東京都労働委員会にあっせんを申し立てた。
2015年11月12日:
青林堂は、あっせんを拒否した。
2015年11月16日:
青林堂があっせんを拒否したことを受けて、組合は東京都労働委員会に不当労働行為の救済を申し立てた。(平成27年都労委不第106号事件 ※第二事件)
2016年1月:
青林堂の中村への攻撃が激化。中村への業務命令は「争議名簿の奪還」のみであるとした業務命令書が発令され、中村が何もできない様子を一方的に「ストライキ」と称し、賃金をカットした。その上、特段の理由もなく賃金を50%カットした。
2016年2月:
中村は精神疾患に罹患し、休職に追い込まれた。主治医からの診断は「適応障害」であった。会社は産業医からの診断書を中村に要求したため、会社指定の「つおのクリニック」にて診断書をとったところ、より重症な「うつ病」と診断された。
2016年3月以降:
 組合は、東京都労働委員会の調査や団体交渉に取り組みながら、会社に対する抗議行動を開始した。その後、中村を休職に追い込んだパワハラ等に関する訴訟準備を開始した。
2016年9月10日:
青林堂から「中小企業がユニオンに潰される日」が出版される。著者は、団交や都労委の調査に出席していた会社顧問である田岡春幸であった。内容は、東京地裁決定等に反する虚偽記述を行い、組合からの書面を改竄し、重要な発言を意図的に欠落させるなど、組合や中村を誹謗中傷し、人格権を侵害するものであった。
2016年9月30日:
上記経緯を受けて、組合は青林堂に公開質問状を手交し、同時に団体交渉を申し入れた。会社は、組合の要求に対する回答を拒み、その後、4か月以上にわたって団体交渉を拒否し続けている。
2016年11月9日:
青林堂は、組合の団体交渉申入れを拒否する一方で、中村に対して執拗に直接連絡を行い、個別交渉を持ち掛ける不当労働行為を行った。これに関して組合は、東京都労働委員会に救済申立てを行った。(平成28年都労委不77号事件 ※第三事件)
2016年12月20日:
第二事件は、青林堂の不当労働行為が明らかであるため、審問を経ずに結審した。救済命令は、
2017年4月に出される予定である。

2017年1月24日:
第三事件も、青林堂の不当労働行為が明らかであるため、青林堂の主張が一切通らない形で、
労働委員会を通じて和解協定書が結ばれた。協定内容は、「…労働問題の継続中、会社は、手段
の如何を問わず、組合を介さずに直接中村に対して接触しないことを確認する」である。
また、同日、組合は、青林堂が団体交渉を拒否し続けている事件について、東京都労働委員会
に救済申立てを行った。(平成29都労委不第10号事件 ※第四事件)

2017年1月27日:
青林堂が出版した「中小企業がユニオンに潰される日」について、記載内容の中で不当労働行
為に該当する部分について、組合は、東京都労働委員会に救済申し立てを行った。(平成29年都労委不第14号事件 ※第五事件)
2017年2月3日:
 青林堂は、中村に対して、突然、同日付け「休職命令」を発令し、本年3月5日までに復職で
きなければ雇用終了とすると通知した。組合は、本件休職が青林堂によるパワーハラスメント
によって生じたものであり、一方的な雇用終了は認められないとの立場である。
2017年2月13日:
青林堂がこれまで中村や組合に対して行ってきた、数々の不当労働行為や、人格権の侵害など
に対する訴えを起こす。本日の記者会見に至る。


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次回より、いよいよ「訴状」を公開したいと思います。

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プロフィール

青木木堂

Author:青木木堂
「ガロ」で有名であった 株式会社 青林堂で起きた不当労働事件、違法解雇事件についてをお知らせするブログです。

事件を解決すべく、当該社員が加入している「東京管理職ユニオン」が運営しています。

▼東京管理職ユニオンへの加入はこちらから
http://www.mu-tokyo.ne.jp/


ガロ (雑誌) - Wikipediaによる歴史で言うと、当該社員は「復刊と休刊」の項目の時期にも在籍していました。

▼「復刊と休刊」の後半部分引用---------
「ツァイト社倒産後、青林堂の援助をしていた「大和堂」社長の蟹江幹彦が引き継いで社長となった。
大和堂体制となった『ガロ』は2000年1月号より復刊するが2001年なかばより隔月刊、2002年には季刊となり、オンデマンド版(いわゆるネット上での通販)として販売形態を変更したが2002年10月発売の1号が刊行されただけに終わり、実質発行の無いまま現在に至っている。」
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当該は、ちょうどこの蟹江社長体制になってから在籍していた営業社員で、当時は部長の名刺を持っていました。

2014年に蟹江社長と再開し、再度入社することになったのですが、(出している出版物だけのことではなく)青林堂は大きく変わっていました。


実際に会社に行ってみると、社員は新卒や社会人2~3年目の若手ばかりになっていました。
3ヶ月に1人は従業員が退職に追い込まれ続けた結果、そうなっているのだと、当時の社員から説明を受けました。

自分が何とか「ガロ」の青林堂を立て直そう。
そう決意して、青林堂で二度目の仕事はスタートしました。


まさか、理不尽なパワハラや不当な解雇を受けるとは知らずに…