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『ガロ』元編集長である山中潤さんの声明が発表されました。

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2017年2月14日ツイッターにて、『ガロ』元編集長である山中潤さんの声明が発表されました。

山中潤さん声明


声明は、画像で発表されました。

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<追記>
山中潤さんは、フェイスブックでも同じ声明を公開しておられました。
そちらはテキストでの公開になっております。(以下、引用)
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青林堂に関連する一連の報道について。
 創業者長井勝一氏および青林堂の株主総会より正式な認証を得て青林堂を受け継いだものとして、最近の報道について、きっちり申し上げる責任があると思い、ここに記すことにいたします。
 私は長井氏より「青林堂はカムイ伝を連載するガロを出版するために作った」そして「ガロは差別を無くすために生まれた雑誌だ」という言葉をはっきりと聞いています。テーマも漫画家もいわゆるメジャー漫画誌では扱わないような「社会から零れ落ちそうな物を掬う」ということが根底にありました。
ガロに掲載された、芸術的作品も、面白主義や、差別や不条理を様々な方法で描いた作品も、全ての作品の根源には「カムイ伝」や「長井勝一の創業の精神」があります。
 私もその魂を継続、拡大することが役目と思い、1990年より97年まで青林堂代表取締役兼編集長の職に挑んだつもりです。
 会長の職に就いて頂いていた長井氏が96年に亡くなり、当時私が経営していたツァイトというパソコンソフトウェアの会社もWindowsの登場により、海外ソフトとの厳しい競争にさらされ、右肩上がりとは言えない状況ではありました。
 そのとき、私をコンピュータの世界に引き上げたF氏にツァイトの社長を交代してもらい、私は青林堂に専念する事に決めました。ツァイトは自分で創立した会社だけれど、青林堂は私が預かっている”文化”であり、自分の事情でつぶすなどしてはならないと、本当に思っていました。
 ところが、ツァイトの社長を頼んだF氏の父親が亡くなられ、F氏は心のよりどころを関西のO氏にゆだねるようになります。O氏は青林堂に興味を示し、青林堂の株式を取得するようにF氏を動かし始めました。
 その様子が見えてきた時点で、私はF氏から距離を置くため、当時青林堂の株式を所有していた私の個人会社の印鑑を持って、極力東京から離れるよう努めました。
 しかし、今、思い出しても胸が痛いのですが、私はF氏の様々な工作に乗せられ、無理やり青林堂まで腕づくで連れて行かれ、当時青林堂の実印と青林堂の株式を保有していた会社両方の実印をF氏に取られました。
 その夜のことは、新聞などで大きく報道されたようですが、私は再度東京を離れたので、その後、ツァイトが私の社長名で倒産をしたこと以外は、詳しくわかりません。
その後の編集部の独立や新会社設立、その後の青林堂の動向は、内部の人間としてではなく、外部の人間として知る事になります。
とは言え、そこで踏ん張りきれなかったことは私の責任であり、今でも大きな悔恨として日々生きております。
 報道されている現在の青林堂の社長であるK氏やW専務とは、97年以前より交流はありましたが、それは私個人の範囲であり、編集部との付き合いは極めて薄く、長井氏とは面識もありません。
つまり、現在報道されている青林堂は名前は同じであっても、創業者長井勝一氏とはまるで関係のない、単に株式を取得した人間が、元々の青林堂やガロの精神とは関係のないところで行っている全然別の事業に過ぎず、元々の『ガロ』とは無関係です。
私より、かつてのガロ・青林堂を愛して下さった、読者・作家・関係者、そして『ガロ』を今でも愛し続けてくださるファンの皆様が、様々な誤解や偏見に晒されることもあるかと思いましたのでこのような文章を記させていただきました。
                『ガロ』元編集長:山中潤
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プロフィール

青木木堂

Author:青木木堂
「ガロ」で有名であった 株式会社 青林堂で起きた不当労働事件、違法解雇事件についてをお知らせするブログです。

事件を解決すべく、当該社員が加入している「東京管理職ユニオン」が運営しています。

▼東京管理職ユニオンへの加入はこちらから
http://www.mu-tokyo.ne.jp/


ガロ (雑誌) - Wikipediaによる歴史で言うと、当該社員は「復刊と休刊」の項目の時期にも在籍していました。

▼「復刊と休刊」の後半部分引用---------
「ツァイト社倒産後、青林堂の援助をしていた「大和堂」社長の蟹江幹彦が引き継いで社長となった。
大和堂体制となった『ガロ』は2000年1月号より復刊するが2001年なかばより隔月刊、2002年には季刊となり、オンデマンド版(いわゆるネット上での通販)として販売形態を変更したが2002年10月発売の1号が刊行されただけに終わり、実質発行の無いまま現在に至っている。」
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当該は、ちょうどこの蟹江社長体制になってから在籍していた営業社員で、当時は部長の名刺を持っていました。

2014年に蟹江社長と再開し、再度入社することになったのですが、(出している出版物だけのことではなく)青林堂は大きく変わっていました。


実際に会社に行ってみると、社員は新卒や社会人2~3年目の若手ばかりになっていました。
3ヶ月に1人は従業員が退職に追い込まれ続けた結果、そうなっているのだと、当時の社員から説明を受けました。

自分が何とか「ガロ」の青林堂を立て直そう。
そう決意して、青林堂で二度目の仕事はスタートしました。


まさか、理不尽なパワハラや不当な解雇を受けるとは知らずに…