FC2ブログ

記事一覧

青林堂は組合からの質問を無視し、団体交渉を拒否した

第二次 青林堂事件(平成27年(不)106号)、第6回調査終了後、組合は会社に「当組合の見解と貴社に対する公開質問状ならびに再要求書と団体交渉申入書」を手渡しました。

▼前回のエントリー
「青林堂への公開質問状」


しかし、青林堂はこの全てを無視したため、組合は再度、回答の要求と団体交渉の申入れをしました。


今回は、組合が出した青林堂に対して抗議文を全文紹介します。

要求書ならびに団体交渉申入書(再)

-------------------

2016年10月17日
株式会社 青林堂
代表取締役社長 蟹江幹彦 殿
東京管理職ユニオン
執行委員長 鈴木 剛
同・組合員 (当該組合員)

要求書ならびに団体交渉申入書(再)

1.公開質問状への回答要求
東京都労働委員会の青林堂事件((平成27年(不)106号)第6回調査の場で手交した、当組合9月30日付け「当組合の見解と貴社に対する公開質問状ならびに再要求書と団体交渉申入書」への回答期限を去る2016年10月14日と定めて求めておりましたが、10月17日現在回答を頂いておりません。
 再度、ここに要求ならびに団体交渉申入れを行います。

2.正当な手続きによる連絡の要求
去る2016年10月12日、14日に、 (当該組合員)組合員に対して、貴社代理人である野間自子弁護士より連絡がありました。携帯電話のみでなく、自宅への電話では留守番電話録音まで残しております。
録音によりますと「青林堂との和解の件」と記録されておりますが、本事件は (当該組合員)氏が当組合に加入し係争している事案ですので、提案があるのでしたら組合までご連絡ください。個別の連絡は労働組合法第7条3号違反の不当労働行為である可能性があることを申し添えます。

3.団体交渉申入
 当組合は、本書面に対する貴社の回答を協議事項とする団体交渉を下記の要領で申し入れる。
(1)日 時
2016年10月24日(月)から同年11月11日(金)までの期間中において、労使双方が合意しうる日時で、2時間程
(2)場 所
  貴社内、または当ユニオン会議室、または労使双方が同意しうる場所
(3)出席者
  当労組側 当該支部組合員と他に当労組役員・交渉員5名以内
  貴社側  貴法人代表者あるいはその委任を受けた任意の人格と員数
(4)協議事項
 1)本書面に対する貴社の書面回答について
 2)その他上記に付帯する事項について
(5)回答期限
  この申入れ書に対する回答は、来たる2016年10月20日(木)正午までに郵送またはファクシミリにより文書にてお願いいたします。(ファクシミリの場合は後日原本の郵送を要します)
(6)連絡先および回答送付先
  〒151-0053 東京都渋谷区代々木4-29-4 西新宿ミノシマビル2階
  ユニオン運動センター内 東京管理職ユニオン 執行委員長 鈴木 剛
  TEL:03-5371-5170  FAX:03-5371-5172

以上、よろしくお願いします。

連絡先および回答送付先
〒151-0053 東京都渋谷区代々木4-29-4 西新宿ミノシマビル2階
ユニオン運動センター内 東京管理職ユニオン 本件担当役員:執行委員長 鈴木 剛
TEL:03-5371-5170  FAX:03-5371-5172                 
-------------------------------


青林堂は、相変わらず日本の法律を守る気がないようです。

スポンサーサイト



プロフィール

青木木堂

Author:青木木堂
「ガロ」で有名であった 株式会社 青林堂で起きた不当労働事件、違法解雇事件についてをお知らせするブログです。

事件を解決すべく、当該社員が加入している「東京管理職ユニオン」が運営しています。

▼東京管理職ユニオンへの加入はこちらから
http://www.mu-tokyo.ne.jp/


ガロ (雑誌) - Wikipediaによる歴史で言うと、当該社員は「復刊と休刊」の項目の時期にも在籍していました。

▼「復刊と休刊」の後半部分引用---------
「ツァイト社倒産後、青林堂の援助をしていた「大和堂」社長の蟹江幹彦が引き継いで社長となった。
大和堂体制となった『ガロ』は2000年1月号より復刊するが2001年なかばより隔月刊、2002年には季刊となり、オンデマンド版(いわゆるネット上での通販)として販売形態を変更したが2002年10月発売の1号が刊行されただけに終わり、実質発行の無いまま現在に至っている。」
-------------------------------------


当該は、ちょうどこの蟹江社長体制になってから在籍していた営業社員で、当時は部長の名刺を持っていました。

2014年に蟹江社長と再開し、再度入社することになったのですが、(出している出版物だけのことではなく)青林堂は大きく変わっていました。


実際に会社に行ってみると、社員は新卒や社会人2~3年目の若手ばかりになっていました。
3ヶ月に1人は従業員が退職に追い込まれ続けた結果、そうなっているのだと、当時の社員から説明を受けました。

自分が何とか「ガロ」の青林堂を立て直そう。
そう決意して、青林堂で二度目の仕事はスタートしました。


まさか、理不尽なパワハラや不当な解雇を受けるとは知らずに…