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第二次 青林堂事件 (2) 青林堂の異常な不当労働行為で「あっせん」申立に至った

このシリーズでは、第二次 青林堂事件が、(第一次事件から)連続性のある悪質な事件であることを説明しています。

前回の(1)では、第一次事件が どんな事件であったのか を おさらい しました。

第一次事件は、2015年9月に東京都労働委員会を介して、復職和解という結果になりました。


10月1日、当該が出社すると、青林堂は初日から協定違反不当労働行為を行いました。
青林堂は当該社員に対して重ねてしつこく様々な嫌がらせ不当労働行為を行い続けました。

当組合は、嫌がらせや不当労働行為に対して抗議及び中止要求を続けましたが、青林堂の会社ぐるみの嫌がらせは止むことがありませんでした。

組合は仕方なく、再び都労委に「あっせん」を申立て、労使関係の修復をもとめました。

この間、一体なにがあったのか、実際の「あっせん」の申立書に詳しく書いてありますので、是非ご覧ください。


▼実際の書面(第1ページ)
青林堂事件あっせん申立書01

以下、長くなりますが、ご覧ください。
※ 和解協定書には内容を非公開とする協定条項があります。以下、この条項に沿って(非公開である協定についての内容部分のみを一部修正した形で)書面の公開をします。
※分かりやすくするため、「文字色」を変えている部分がありますが、実際の書面は全文黒文字です。


--------以下「あっせん」申請書の内容(全文)-----------

3 あっせん事項
① 平成27年9月17日付の和解協定書の内容について労使で合意すること
② 会社は、就業時間外の就労命令を撤回すること。もしくは、労働時間と賃金についての協定を再度締結し、時間外就労の命令については残業代及び経費を保障すること。
③ 10月1日に交した「契約書」(労働契約書)を中村組合員にも手交すること。
④ 団体交渉の促進

4 申請に至るまでの経過
 2014年12月に発生した青林堂による解雇事件(平成26年 不 120号事件)は、2015年9月17日に東京都労働委員会にて和解協定を締結し復職和解した。
当該社員のA組合員は2015年10月1日より復職した。同日会社はAに対して「契約書」(労働契約書)へのサインを求めた。しかし、組合は即日返事をせずに持ち帰るようA組合員に対して指示をしていた。会社は、組合に連絡相談せずにサインをするよう強要し、Aはサインしてしまった。「契約書」は2通作成されたが、Aには交付されていない。
また同日、会社は辞令を交付した。辞令の内容は「編集補助」及び「企画営業(自費出版)」であった。
実際の「編集補助」とは、青林堂の既刊本を読み、単にその内容をまとめるということ、その本の感想を書くといった内容であった。また、それとは別に作文の課題も出されていた。その内容は東京管理職ユニオンと同じ事務所にある労組が取り扱う事件について(アリさんマークの引越社の労働事件)どう評価するのか感想・評価を提出せよ等の内容であった。提出物に対してのフィードバックはされていない。
 Aは社内に席とパソコンが与えられている。しかし、そのPCはインターネットに繋がっていない。社内のイントラにも繋がっていない。従ってプリントアウトもできない。当初は報告書(日報・週報)も手書きで提出することを命じられていた。
また「企画営業(自費出版)」については、就業時間外に営業することを命じられた。しかし、蟹江社長は10月1日にAに対して口頭で残業を禁じている。お金をだして出版したい人を探すという営業内容であるが、「300万円で売ってこい」という指示だけで、条件などの情報は一切与えられていない。以前、書店営業職の時に与えられていた名刺などのツールも一切与えられていない
他の従業員とは隔離されることもしばしばある。事務所とは別フロアにある会議室と呼ばれる窓のない小部屋で過ごすことを命じられ、上記の作文や報告書を作成していた。
自費出版に関する報告に進捗がないと、「この■時間、一体なにをしていたのか」「こんなもの、20代の子でもできる」「ベテランなのに、こんなこともできないのか」など、毎日ほぼ同じ内容のことを大声で叱責されている。
11月4日には自費出版を1日に3本受注するよう命令を受けた。不可能命令に対して未達の報告することになるのだが、それに対して、またしても上記のような叱責を受けた。A組合員は、このような状態が続くと身心ともに病気になってしまうのではないかと身に危険を感じている。時間内に出来る内容での命令をして頂きたい旨を再三お願いしているのだが、一切聞いてもらえていない。

2015年5月、青林堂は仮処分裁判の決定に従わず、仮払金を支払わなかった。それに対して組合は正当な争議として、著者や取引先に要請書を送付した。本件は、2015年9月17日付け和解協定書において一切終結している。しかし、会社は「労働問題とは別」「刑事事件である」と主張し、A組合員に執拗に詰問を繰り返している。10月13日には、A組合員が社長・専務の他に株主の「サイトウ」と名乗る人物を交えた3人に軟禁・詰問される事件まで起きている。
また会社は組合に対しても争議名簿に関する質問状を出している。この質問状に対して組合から「回答の必要があるのか」を問い合わせたところ、社長は「回答の必要なない」と回答した。しかし、会社は現在でもA組合員に対して名簿の話題を何度も問い詰めることが日常的に行われている。

渡辺専務は「A組合員の給料が●●円」であること、「なのに何の役にも立っていない」という主旨の発言を従業員がいる前で毎日のように何度も発言している。「Aは泣いてすがって復職を希望したので、仕方なく戻した」という事実と反する内容の発言も同様に毎日のように繰り返している。また、こうしたなかで上司の上原氏は、「従業員は全員Aを憎悪している」とAに伝えてきた
10月20には、社長がA組合員を本人の否定を全く受け入れず「左翼」と決めつけ叱責する事件があった。同日、社長は「オマエ以外は全員右翼なんだよ」と発言し、特定の従業員の背景事情を話しはじめた。するとその本人は、突然立ち上がり「Aさん、今の話しは余所でするんですか」と、情報を漏えいした社長に対してではなく、聞いていただけのAに対して詰め寄った。更に「Aさんは信用できないので、他言しないという内容の誓約書を書いて、判を押してください」と要求し、A組合員に誓約書を書かせた。この事件でA組合は気分が悪くなり帰宅後、自宅でおう吐し、翌日は会社を休んでいる。
これに類似する事件は10月22日にも起きている。この事件では、直後にA組合員は鼻血を出した。
10月30日には、上司である上原氏を通じて退職勧奨を受けいてる。

 以上、あっせん事項の①②③など多くの点で良好な労使関係は未だに成立していない。これらの点について組合の鈴木執行委員長は何度か蟹江社長と電話やメールで調整をはかってきたが、改善にはつながっていない。よって、これらの点について解決を目指し、本件のあっせんを申請する。


5 争議行為の有無 なし


-------------------以上------------------------------


これは個人の感想だが、何度読み返しても「酷い」と呟いてしまう程の異常性を感じる

同年11月12日に、青林堂は この「あっせん」の申立てを拒否しています。

青林堂はあっせんを拒否する際、「上申書」なる書面を提出しているのですが…
説明するより、実際に見てもらったほうが早いかもしれません。

次回は、いわゆる関係者(仮)も つい「なにこれ」とつぶやいてしまった 青林堂の「上申書」なる書面を公開してしまおうかな?

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プロフィール

青木木堂

Author:青木木堂
「ガロ」で有名であった 株式会社 青林堂で起きた不当労働事件、違法解雇事件についてをお知らせするブログです。

事件を解決すべく、当該社員が加入している「東京管理職ユニオン」が運営しています。

▼東京管理職ユニオンへの加入はこちらから
http://www.mu-tokyo.ne.jp/


ガロ (雑誌) - Wikipediaによる歴史で言うと、当該社員は「復刊と休刊」の項目の時期にも在籍していました。

▼「復刊と休刊」の後半部分引用---------
「ツァイト社倒産後、青林堂の援助をしていた「大和堂」社長の蟹江幹彦が引き継いで社長となった。
大和堂体制となった『ガロ』は2000年1月号より復刊するが2001年なかばより隔月刊、2002年には季刊となり、オンデマンド版(いわゆるネット上での通販)として販売形態を変更したが2002年10月発売の1号が刊行されただけに終わり、実質発行の無いまま現在に至っている。」
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当該は、ちょうどこの蟹江社長体制になってから在籍していた営業社員で、当時は部長の名刺を持っていました。

2014年に蟹江社長と再開し、再度入社することになったのですが、(出している出版物だけのことではなく)青林堂は大きく変わっていました。


実際に会社に行ってみると、社員は新卒や社会人2~3年目の若手ばかりになっていました。
3ヶ月に1人は従業員が退職に追い込まれ続けた結果、そうなっているのだと、当時の社員から説明を受けました。

自分が何とか「ガロ」の青林堂を立て直そう。
そう決意して、青林堂で二度目の仕事はスタートしました。


まさか、理不尽なパワハラや不当な解雇を受けるとは知らずに…