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第二次 青林堂事件 (1) 一体なにがあったのか

第二次 青林堂事件は、タイトルだけ見るとまるで新たな事件のようですが、第一次事件から連続性のある悪質な事件です。


連続性のある事件ですので、第一次事件が理解できていないと、お話しが少々分かりづらくなるかもしれません。
ブログを読んでいただいている方には「おさらい」になりますが、本題に入る前に ざっとまとめてみます。

第一次 青林堂事件」は一言で言えば“違法な解雇事件”でした。




あらまし
2015年1月 : 青林堂は「虚偽の解雇事由」で当該社員を解雇。

2015年5月 : 裁判により、青林堂不当労働行為が認められる。
           真の解雇理由は「組合加入による」ものであり、解雇は無効
           よって、仮に給料を支払え、という決定(「判決」相当)が東京地方裁判所から下される。

2015年6月 : 青林堂は、彼らが大好きな日本の命令=司法の決定に従わない意思を内容証明で発信。
           その結果、強制執行により、青林堂は口座の差し押えを受ける。

2015年6月 : 仮処分裁判の決定を不服とした青林堂は“なぜか”「労働審判」に“雇用関係不存在確認等”を請求。
           仮に青林堂がこの労働審判で勝手も、上位である仮処分裁判の決定は有効である。
           裁判のルール…というより法律を知らないのではないかと、審判員を含め首をかしげる。
           予想どおり、2回で終了。書くまでもないが、青林堂の訴えは棄却される。
2015年9月 : 東京都労働委員会の場で、和解。
           会社は、あれほど「戻さない」と言っていた当該を復職させると突然言い出した


当初、復職を希望していた当該社員でしたが、共闘していた仲間の社員はこの争いの間に退職してしまっており、戻る理由とモチベーションを失っていました。
そんな事情と労働委員会、組合からの説得もあり、退職和解を受け入れることにしていた矢先のお話しです。

労働委員会の仲裁を受入れない場合、労働委員会では争うことができなくなります。

当該社員にとって、これ以外の勝利条件がない、ということでした。

これまで仲間の支援や友人の援護があることで、やっと闘ってこれたのです。
こんなことで全てなかったことにすることはできません。

そういった理由で、当該社員は復職を受け入れることにしたのです。


※ 和解内容は非公開とする協定条項があるので、青林堂側が協定を破らない限り公開しない方針です。


2015年10月 ; 当該社員、復職。


一見、終わりに見えますが、10月1日、当該が出社すると、青林堂は初日から協定違反不当労働行為を仕掛けてきたのです。

復職から、2ヵ月も経たずに再び労働委員会のお世話になるのですが、その様子はまた次回…
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プロフィール

青木木堂

Author:青木木堂
「ガロ」で有名であった 株式会社 青林堂で起きた不当労働事件、違法解雇事件についてをお知らせするブログです。

事件を解決すべく、当該社員が加入している「東京管理職ユニオン」が運営しています。

▼東京管理職ユニオンへの加入はこちらから
http://www.mu-tokyo.ne.jp/


ガロ (雑誌) - Wikipediaによる歴史で言うと、当該社員は「復刊と休刊」の項目の時期にも在籍していました。

▼「復刊と休刊」の後半部分引用---------
「ツァイト社倒産後、青林堂の援助をしていた「大和堂」社長の蟹江幹彦が引き継いで社長となった。
大和堂体制となった『ガロ』は2000年1月号より復刊するが2001年なかばより隔月刊、2002年には季刊となり、オンデマンド版(いわゆるネット上での通販)として販売形態を変更したが2002年10月発売の1号が刊行されただけに終わり、実質発行の無いまま現在に至っている。」
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当該は、ちょうどこの蟹江社長体制になってから在籍していた営業社員で、当時は部長の名刺を持っていました。

2014年に蟹江社長と再開し、再度入社することになったのですが、(出している出版物だけのことではなく)青林堂は大きく変わっていました。


実際に会社に行ってみると、社員は新卒や社会人2~3年目の若手ばかりになっていました。
3ヶ月に1人は従業員が退職に追い込まれ続けた結果、そうなっているのだと、当時の社員から説明を受けました。

自分が何とか「ガロ」の青林堂を立て直そう。
そう決意して、青林堂で二度目の仕事はスタートしました。


まさか、理不尽なパワハラや不当な解雇を受けるとは知らずに…