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青林堂が申し立てた「労働審判」が二回の審査で棄却されたはなし(2)

青林堂が申し立てた「労働審判」(平成27年(労)第410号 雇用関係不存在確認等請求事件)は、2回の審査で「棄却」されました。

会社の申立て内容と、決定文を紹介しました。

▼前回記事
青林堂が申し立てた「労働審判」が二回の審査で棄却されたはなし(1)
http://ameblo.jp/garo-seirindo/entry-12140829716.html


このように、青林堂の申立てた内容は、まったく認められませんでした。
判決文に相当する文書は、この他に「これは正本である」という証明のみです。
裁判のときのような長い決定文(判決文)はありません。

今回は審判中の思わず笑ってしまいそうな青林堂の答弁とをちょっと紹介しようと思っています。




①なんで怒ってんの?
金銭和解の金額が、労使の案で開いていることの流れから

審判官「(という訳で)会社は、お金が無いそうです」
渡辺「何を言ってるんですか!一生懸命やってる経営者に対して失礼じゃないですか!」

審判官「…。」
渡辺「ほんと、失礼……社長に失礼ですよ!」

審判官「いま、私は相手方(当該社員と代理人)に、話してるんですよ。あなたがお金がないから払えないって仰ったので、その説明をしてるんです。」
渡辺「…。」

お金があるんだろと言えば無いと言い、無いと言われれば怒り出す…。
一体なにがしたいのやら。




②何を言っているのか、分からない

審判官「会社は、当該社員が他社の社員と情報交換をしたことを咎めていますが、なぜですか?」
渡辺「要するにキリンビールの社員が、アサヒビールの社員と交流するようなものです」(ドヤ顔)

一同「……。」

…全く意味がわかりませんが、渡辺専務は本当にこう言いました。

後に専務は「私が裁判に出てしゃべったら、場がシーンとした」と、社員に対して得意げに話したそうですが…


ちなみに、このワケのわからない例え話は、渡辺専務の得意芸でもあります。
団体交渉の場や、こうした公式の場で出るだけではなく、普段からちょいちょいこの「下手なたとえ話」のようなネタは披露されるのです。

更に、労働審判中に提出された(青林堂の社員が書いたとされる)「陳述書」にもこの得意芸を駆使した記述がありました。

社員が書いたことになってはいますが、この下手な例えはどう見ても渡辺専務の作文にしか見えません。
こんな証拠を提出するくらいなので、相当困っていたのでしょう。



こうした空気の中、青林堂側は当該社員を小馬鹿にし、「ウェーッハッハッハ」と笑っていました。

裁判で全く相手にされなかった主張と同じ内容の主張をしてるのに、「こんなにも正しい会社の主張が認められないなんて大笑いだ」という趣旨の笑いでした。


審判員の皆さんも、変なものでも見るような眼で見ている(かのように見えた)中、高らかに笑う蟹江幹彦社長、渡辺レイ子専務、野間自子弁護士…

残念なことに滑りっぱなしです。



その後、「申立てを棄却します」と審判官が発言したときの空気は、つい笑ってしまいそうでした。


渡辺専務と野間弁護士は「和解しようと歩み寄っているのに、なぜ?」と、猛然と抗議していました。

審判員は「あなたがたの態度は、和解の姿勢じゃないでしょ」と一言で却下されていました。

確かに、会社は独自的すぎる主張を繰り返し、相手方を否定し自己の正当性を主張しつづけるだけでした。

だいたい、和解というのは負けそうな方から申し出るものですが、青林堂は終始「和解してやるよ!」くらいの勢いでした。



我々は、会社側が猛抗議を続ける中、足早に部屋を出ました。



労働審判は、こうして青林堂側の申してを棄却という結審したのです。
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プロフィール

青木木堂

Author:青木木堂
「ガロ」で有名であった 株式会社 青林堂で起きた不当労働事件、違法解雇事件についてをお知らせするブログです。

事件を解決すべく、当該社員が加入している「東京管理職ユニオン」が運営しています。

▼東京管理職ユニオンへの加入はこちらから
http://www.mu-tokyo.ne.jp/


ガロ (雑誌) - Wikipediaによる歴史で言うと、当該社員は「復刊と休刊」の項目の時期にも在籍していました。

▼「復刊と休刊」の後半部分引用---------
「ツァイト社倒産後、青林堂の援助をしていた「大和堂」社長の蟹江幹彦が引き継いで社長となった。
大和堂体制となった『ガロ』は2000年1月号より復刊するが2001年なかばより隔月刊、2002年には季刊となり、オンデマンド版(いわゆるネット上での通販)として販売形態を変更したが2002年10月発売の1号が刊行されただけに終わり、実質発行の無いまま現在に至っている。」
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当該は、ちょうどこの蟹江社長体制になってから在籍していた営業社員で、当時は部長の名刺を持っていました。

2014年に蟹江社長と再開し、再度入社することになったのですが、(出している出版物だけのことではなく)青林堂は大きく変わっていました。


実際に会社に行ってみると、社員は新卒や社会人2~3年目の若手ばかりになっていました。
3ヶ月に1人は従業員が退職に追い込まれ続けた結果、そうなっているのだと、当時の社員から説明を受けました。

自分が何とか「ガロ」の青林堂を立て直そう。
そう決意して、青林堂で二度目の仕事はスタートしました。


まさか、理不尽なパワハラや不当な解雇を受けるとは知らずに…