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労働審判とは

前回までに、青林堂のした解雇は違法であることが裁判で決定したことをお伝えてきしました。

司法の場で不当労働行為が認められ、解雇は無効であるという判断がされたのです。

しかし、青林堂は司法の決定に従わず、給料を支払いませんでした。
これは刑事罰もある、きわめて違法性が高い行為です。


青林堂の給料不払いに対して裁判所は強制執行を行い、組合は争議として関係者に手紙を送り解決のための協力を呼びかけたところまでの話しを紹介しました。





この強制執行や争議の後、青林堂側は、労働審判(平成27年(労)第410号 雇用関係不存在確認等請求事件)を申し立てました。

しかし、この青林堂の申立ては棄却という審判が既に下っております。

引き続いて、その内容についてお伝えしたいと思います。


…が、その前にまず、「労働審判」という言葉がが聞き慣れないかもしれません。
以下、参考ページを紹介してみます。


▼労働審判とは
労働問題弁護士ナビ
https://roudou-pro.com/columns/12/

労働審判の話(庶民の弁護士 伊藤良徳のサイト)
http://www.shomin-law.com/roudoushinpanmain.html


だいたい似た説明になっていますが…このほかにもウィキペディアなどにも端的にまとめてあるようです。

平成18年4月から始まった、比較的新しい制度で、
労働者と事業主との間で起きた労働問題を労働審判官1名と労働審判員2名が審理し、
迅速かつ適正な解決を図ることを目的とする裁判所の手続と説明されています。


実際にやってみると、司法(裁判所)がやっているというだけで、行政でやっている「労働委員会」と似た形になっています。


▼こんな感じ(イメージ)






審判員3人のうち、中央に審判官(裁判で言うところの裁判長)が座ります。
審判員の正体(?)は、(当たり前かもしれませんが)裁判官のかたです。
あとの二人の審判員は、労働者側・使用者側にそれぞれつくのですが、立場は明かされません。

使用者・労働者は、図のように この3人の前に座ることになります。
進行によっては、労使別々に呼ばれることもありますが、多くはこの並びで着席し、進行します。


「労働審判」でインターネット検索をかけると、「労働審判を起こされた場合の対策」的な、企業側向けのページが上位に表示されます。

もうお分かりかと思いますが、青林堂のように会社側から労働審判を起こすのはレアケースと言っていいようです。
それもそもはず、紛争にお金をかけられない労働者のためのシステムであることも、大抵のページでは説明してあります。


通常だと、仮処分の裁判を不服とする場合、それより上位の決定が必要になります。
この場合、本裁判に進むのが本来の筋道です。(※そもそも労働審判は裁判ではありません)



青林堂の常軌を逸した行動は、誰が見てもよくわからないと見えて、
審判官も青林堂に対して「仮処分やってるのに、なぜ労働審判にもってきたの?」という趣旨の質問をしていました。

当時、会社は何やらモゴモゴ言っていたようですが、よくわかりませんでした。
聞こえなかったというよりは、その場限りの整合性のない内容だったので覚えていないだけかもしれません。


後から聞いた渡辺レイ子専務の説明では、代理人弁護士の野間自子先生のご判断だとか。
この期に及んで人のせいというのも、どうかという問題はありますが…


▼野間自子先生は調べてみたら、だいたいこんなかた
過去エントリー
http://ameblo.jp/garo-seirindo/entry-12060921819.html


次回は労働審判で何が起きたのか…をお伝えしたいとおもいます。
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プロフィール

青木木堂

Author:青木木堂
「ガロ」で有名であった 株式会社 青林堂で起きた不当労働事件、違法解雇事件についてをお知らせするブログです。

事件を解決すべく、当該社員が加入している「東京管理職ユニオン」が運営しています。

▼東京管理職ユニオンへの加入はこちらから
http://www.mu-tokyo.ne.jp/


ガロ (雑誌) - Wikipediaによる歴史で言うと、当該社員は「復刊と休刊」の項目の時期にも在籍していました。

▼「復刊と休刊」の後半部分引用---------
「ツァイト社倒産後、青林堂の援助をしていた「大和堂」社長の蟹江幹彦が引き継いで社長となった。
大和堂体制となった『ガロ』は2000年1月号より復刊するが2001年なかばより隔月刊、2002年には季刊となり、オンデマンド版(いわゆるネット上での通販)として販売形態を変更したが2002年10月発売の1号が刊行されただけに終わり、実質発行の無いまま現在に至っている。」
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当該は、ちょうどこの蟹江社長体制になってから在籍していた営業社員で、当時は部長の名刺を持っていました。

2014年に蟹江社長と再開し、再度入社することになったのですが、(出している出版物だけのことではなく)青林堂は大きく変わっていました。


実際に会社に行ってみると、社員は新卒や社会人2~3年目の若手ばかりになっていました。
3ヶ月に1人は従業員が退職に追い込まれ続けた結果、そうなっているのだと、当時の社員から説明を受けました。

自分が何とか「ガロ」の青林堂を立て直そう。
そう決意して、青林堂で二度目の仕事はスタートしました。


まさか、理不尽なパワハラや不当な解雇を受けるとは知らずに…